青森県活性化ブログ

青森活性化ブログ

青森県活性化に貢献する内容を提供し、また皆様に学ばせてもらうブログを目指しています!

【政治と金】津軽選挙

津軽選挙は青森県津軽地域で見られる金権政治を揶揄した言葉です。

本記事では、津軽選挙について具体的な事例、政治家の人物相関図を使用して解説していきます。

 

 

津軽選挙の背景 

f:id:virtue000000:20200717224215j:plain

背景を辿ると津軽選挙は戦前から現代に至るまで綿々と連なった問題であることが分かります。特定の勢力同士の癒着や対立があることが分かってきます。

以下に時代順に記載していきます。

 

戦前からの金権政治の予兆

戦前に太宰治の兄、津島文治が1937年の第20回衆議院議員総選挙に当選した際に金木町(津島家の地元)の町長を金銭で買収していたことが発覚し、津島文治は逮捕され、当選が取消になりました。しかし戦後の1947年、津島文治は公選制で選ばれた初代青森県知事となります。

 

市町村合併によるポスト減少

1953年(昭和28)に町村合併促進法が施行されると全国で合併が推進されました。青森県も例外ではなく実に127回の合併が起こりました。この結果、議員のポストが激減し減った議席を金で買うという行為が多発しました。

 

空港移転に関わる問題

戦後3代目の青森県知事、竹内俊吉知事の時代に青森空港の建設に伴い山間の青森市から平地でアクセスの良い弘前市寄りに移転させる計画でしたが、協力関係にあった衆議院議員、田沢吉郎(津島文治の娘婿)が空港の地主だったことから移転計画は進まなかった。竹内俊吉に指名されて後任となった4代目の北村正哉知事の時代に空港の移転は正式に撤回され今に至っています。

 

核燃料施設とその受け入れ

竹内俊吉北村正哉知事の時代に核燃料施設の受け入れの方針が定まりました。両氏に関与があったかは定かではありませんが、核燃料施設の建設予定地の地価は急騰し、国からの補助金も流れ込んだことから、表ざたにできない金銭の流れがあったことは否定はできません。

 

田沢・竹内派と木村派の対立

北村正哉知事の後を継いだ木村守男知事は竹内・北村前知事と自民党内勢力の中で対立する派閥にあり、両者の対立は県民歌の制定、木村知事のスキャンダルになどに及びました。木村知事のスキャンダルにおいては青森県の国会議員田名部匡省も関与してきています。木村知事の辞任後も県内の市町村選挙で両陣営は対立し、2011年の平川市長選においては両陣営から公職選挙法違反の逮捕者が5人出るという事態になりました。

 

青森の政治家相関図

以下に今回のお話の中で出てくる青森の政治家の相関図を示します。

人の繋がりが分かるとより深く理解できると思います。

 

平成研究会(田沢・竹内派)

津島文治(1898~1973)

青森県北津軽郡金木村の大地主の三男として生まれる。弟は作家の太宰治。

1937年に第20回衆議院議員総選挙で当選するも、選挙違反で逮捕される。しかし戦後公選制初の青森県知事となります。

 

竹内俊吉(1900~1986)

青森県西津軽郡出精村(現つがる市)の農家の家に生まれる。東奥日報の新聞記者、青森県議会員を経て1942年の第21回衆議院議員総選挙で初当選。

戦後1963年には青森県知事となりむつ小川原開発を推進していく。

政治的に協力関係にあった田沢吉郎が旧青森空港近傍の地主であったことから、空港の移転計画を遅延させたと思われるとの見方があります。

 

田沢吉郎(1918~2001)

青森県南津軽郡田舎館村で生まれる。青森県議員を経た後、1960年の第29回衆議院議員総選挙で当選以来12回連続で勤めます。

津島文治の娘・陽と結婚しており、自民党派閥で近しい関係にあった竹内俊吉の息子、竹内黎一と協力関係にありました。

 

北村正哉(1916~2004)

竹内俊吉知事時代の副知事を務め、竹内俊吉に指名される形で青森県知事になります。この様な背景から基本的には竹内時代の政策を引き継ぎむつ小川原開発を推進しました。またインフラ開発の整備を行い、特に副知事時代から東北新幹線の盛岡以北への早期着工を訴えました。

 

清和研究会(木村派)

木村文男(1938~)

青森県南津軽郡藤崎町出身。1967年から青森県議員を3期務めた後、1980年第36回衆議院議員総選挙で新自由クラブから国政に進出します。しかし、同年新自由クラブを離党し、翌年1981年自民党に入党、田中派に属します。その後1983年の選挙で落選するも1986年には国政に復帰します。

1995年に青森県知事選に無所属で出馬し、現職の北村正哉を破ります。その後3期連続で知事を務めるものの、セクハラスキャンダルが週刊誌で取り上げられ2003年に辞任します。このスキャンダルの背後には田沢・竹内派と田名部匡省の存在があったとの見方が多いです。

野党勢力

田名部匡省(1934~)

青森県八戸市出身。1967年に青森県議員に当選し、1976年に第34回衆議院選挙に無所属で出馬するも落選します。1979年の第35回衆議院選挙では自民党から出馬し当選、以後1993年まで自民党に所属します。

1993年には新政党に入党するも新進党は翌年に解党、その後新進党、無所属の会、民主党を経て2010年に政界を引退しています。

木村文男のスキャンダルには関与があったと見られています。

 

三村申吾(1956~)

青森県上北郡百石町(現おいらせ町)生まれ。東京大学を卒業後、新潮社に入社、その後帰郷し生家が経営する会社の取締役に就任しています。1992年には田名部匡省の援助を受け百石町町長になります。更に1996年には新進党から国政に打って出ますが落選します。その後2000年の第42回衆議院議員総選挙には無所属の会から出馬し当選します。

2003年には木村守男の知事辞職を受けて衆議院議員を辞職し県知事選に出馬、当選します。その後2020年現在まで5期連続で青森県知事を務めています。

 

f:id:virtue000000:20200717224933j:plain

青森県の政治家相関図



 

検挙事例

年度 事件名
1953 黒石市長選当選無効訴訟事件
1956 鶴田町分町住民投票水増し事件
1958 旧金木町長選不正開票事件
1967 旧柏村長選不正代理記載事件
1967 鰺ヶ沢町長選替え玉不正投票事件
1967 鶴田町長選投票増減事件
1971 鰺ヶ沢町二人町長事件 
1972 旧金木町不在者投票悪用事件
1973 五所川原市長選不在者投票用紙一括送付事件
1975 旧中里町長選開票所乱入事件 
1979 旧木造町急性選挙性文盲症流行事件 
1979 旧森田村民自殺事件
1979 旧市浦村選挙長雲隠れ事件
2005 旧浪岡町存廃問題勃発事件
2014 平川市長選公職選挙法違反事件
2014 升田世喜男代議士選挙運動突入事件

 

津軽選挙について書かれた書籍

 

 

 

 

政治の金の問題に思うこと

以下私の私見です。

2020年も河井夫妻の逮捕で政治と金の問題が話題となっています。

政治と金の問題は政治家の問題であると同時に有権者の無関心が産んだ問題であるとも言えます。これは数字にも表れており青森県においては2019年の青森県知事選の投票率は40.08%と過去2番目の低さとなりました。

 

民主主義は完璧なシステムではありません。その理由は有権者が常に政治に向き合う姿勢を保てないからです。

政治家は並べ立てた理想的な公約が実現されなくても、何も責任を負いません。故に政治家の公約は常に理想的な文言が並びます。それはどんな候補者も極論差異はあまりありません。ではどの様に候補者を選ぶべきなのでしょうか?それは人間性です。

 

選挙期間に限らず、普段どんな発言をしているのか。架空の危機や単純な悪者を仕立てて不安を煽るようなことはしていないか。有権者と話す意思を持って、普段から情報発信を積極的にしているのか。これを確認する行為は政治家側も有権者側もとても泥臭くて大変な行為です。なので意識しないと政治家と有権者は遠ざかっていきます。

 

政治と金の問題が叫ばれている今政治を見放すことはこの傾向に拍車をかけることになります。今一度政治に興味を持って自分の選挙区の政治家がどのような人か、日常的に興味を持つ方が増えれば、状況が少し良い方向に変わると信じてい結びとしたいと思います。

 

では、また次回の記事でお会いしましょう!

 

参考サイト

2010参院選 伊奈かっぺいさん「特異な自民王国、どうなるか」

NHK 選挙WEB 青森県知事選