青森県活性化ブログ

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青森県の歴史 クリスタルバレー構想

初めに

前回青森県において高度経済成長期に画策された「むつ小笠原開発計画」について書きました。結果はオイルショックの煽りを受けて計画はとん挫し、広大な工業用地だけが残り、そこに原子力産業が進出してきたというものです。

この工業用地活用に関してもう一つの構想があったので紹介していきたいと思います。

 

 

クリスタルバレー構想

前回の記事では余った工業用地に国家石油備蓄基地と原子力関係企業が進出してきた旨を書きました。しかし、この開発母体であるむつ・小笠原開発公社は2000年に破綻し、2400億円の債務放棄という事態に陥ります。

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そんな工業用地の再建案として浮上したのが1999年のクリスタルバレー構想という液晶やフラットパネル関連事業を誘致計画でした。青森県は工業用地として100ヘクタールを用意し、更に大規模なオーダーメイド型貸し工場を設置しました。

しかし、2005年の時点で進出会社は1社に留まり、また2011年には青森県がオーダーメイド型貸し工場約19億円の債務放棄という事態に陥り実質計画は破綻します。

 

二番煎じ、後追い感のある政策

クリスタルバレー構想推進の背景として、シャープ亀山工場誘致(これが後で悲劇を生むことにもなりますが)による税収増加という成功政策をもとに提言されています。

成功者に学んで、良いところを真似るこれはどのような学習においても大切なことです。真似ることで時代の第一線を行く技量を得て初めてオリジナリティという新しい地平を切り開くことができるからです。

しかし、これは人間個人が技術を身に着ける時の話でありビジネスや政策は異なると思います。その理由としては真似るのに恐ろしく長い時間がかかり、真似たころには世の中が変わっているからです。ですので、ビジネスや政策においては思想は真似てもやる内容は一世代先を見据えなければならないっと私は考えています。

 

青森県の諸政策はこの一世代先を見据えてなく、思想だけでなく内容も真似てしまったがために起きた失敗であると私は分析しています。

 

青森県の責任追及の必要性

これまで多くの青森県主導の計画を見てきましたが、その多くは破綻しています(アウガ、むつ・小笠原工業団地、クリスタルバレー構想などなど)。そして同時に多くの債務放棄が生じ、箱ものだけが残るそんな現実が多数あります。

私は今更のように当時の知事に責任を取れというようなことは言うつもりはありません。またプロジェクトに関わった特定の誰かに責任があるとも言及するつもりもありません。しかし、今後同じような箱もの構想が立ち上がった時に一度立ち止まるように声を上げてもらいたいと感じています。

建ててしまったもの、過ぎてしまった時間はどうしようもならないですが、明日は変えていけると信じて今回は終わりにしたいと思います。