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愛は言葉では語れない? 言語批判とは何か

・初めに

 ブログを書いているうちにすっかり哲学にはまってしまいました。

 その中で特にエーリッヒ・フロムが好きで、「愛するということは」何度も読んでいる愛読書です。

 

 ならばそのことについて実体験を交えて書いたり、現代の問題に当てはめて考えていくことでより理解が深まると思っていました。

 そして、哲学について書くには現代にまで至る哲学の流れを学びなおそうとしました。西洋哲学が多めですが、カント、サルトルニーチェフロイト(心理学よりかも)、ユング、レヴィストロース、ベンサム老子孔子孫子あたりを本やネットやらで片っ端から読みました。

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 その中で「言語批判」というワードが私に刺さりました。

 これは「愛」、「神」、「善」という言葉はそもそも言葉で言い表せる次元より上のものであるというものです。

 どうゆうことなのか自分なりの考えを書いていきます。

 

 

・言語とは

 「言語批判」を私が理解するにあたり、そもそも言葉とは何か考えました。

 まず言葉は対象ではなく関係を表す機能であるということです。

 上手くイメージしにくいので以下に例えを書きます。

 

 Aさんという人がいます。

 Aさんのことを何も知らない人がAさんという言葉を聞いても、Aさんがどんな人であるかわかりません。そこで我々はAさんを理解するために、Aさんの家族や出身地などを聞き、その関係からAさんを理解します。

 

 AさんはBさんとCさんの子供で、Dさんの旦那さんでEさんのお父さんであるという関係、AさんはF県の出身であるという関係などです。

 つまりAさんという言葉はそのような関係性の中で規定されるのです。

 

・言語批判とは

 言葉の機能は関係性を表すことだと定義すると、「愛」、「神」、「善」などはどのような関係性で規定されるのでしょうか。

 

 これら抽象的な概念は、その気になればどんな関係性も結びつけることのできることが可能です(と個人的には解釈しています)。故にああでもない、こうでもないと議論されてきたわけです。しかも、言語を使ってです。

 

 しかし、明確な答えは出ていません。そこで言語批判というアイデアが出てきたのです。そもそも言葉というツールは「愛」などの抽象的な概念を説明しようとしても、関係付けの限界があるので無理なのではないかと。

 

 この言語批判を説いた一人である、ウィトゲンシュタインはこう言っています。

 「およそ語りうるものは明晰に語りうる、そして語り得ぬものについては沈黙せねばならない」

 

・終わりに

 私はウィトゲンシュタインの言葉を聞いて納得してしまいました。一方で言語で説明できないのであればどうすれば良いのか疑問が湧きました。

 私の粗末な頭で考えうる抽象的な概念の説明方法は、「愛」などの抽象的な概念を解体し、言葉の関係性で説明できるレベルまで落とし込むか、言葉以外の説明方法を見つけるかくらいです。

 また言語批判という考え方自体は戦前からある概念みたいなので、現代の哲学がこの解釈をどこまで進めているのか、調べてみたいと思いました。

 

・関連記事、おすすめ記事

  「愛するということ」の読書感想です。

analyzechaneel.hatenablog.com

 

  理想的な教育って何だろうか、考えてみました。

analyzechaneel.hatenablog.com

 

 

 

・参照サイトおよび動画

sets.cocolog-nifty.com

 

 高校倫理シリーズとなってますが、非常にわかりやすくまたカバーしている範囲も広く大変参考になりました。


高校倫理58 カントはなぜ批判哲学を説いたのか?

 

  中田敦彦さんのYoutube大学でも哲学について語っています。

 シリーズで色々な方の話をすると分かりやすいだな~と実感します。


世界最高の戦略書「孫子」〜前編〜 孫正義、徳川家康、ナポレオン、ビル・ゲイツ、諸葛孔明が愛読