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権威とは何か①

・初めに

 権威、権力という言葉を耳にしたことが無い人はいないのではないでしょうか。しかし、この抽象的な概念がどのようなもので、人の精神や社会にどのような影響を与えてきたのか、私は自身の言葉でまとめたことがありませんでした。

 そこで今回は権威とは何か、そして人生をより良く生きるために必要な愛の概念とどのように結びつくのか考えていきたいと思います。

 

 

・権威と権力の言語的な定義

 権威とは自発的に他者に対して服従を促す能力や関係のことを指します。対して権力は自発的に服従しないものを暴力などで服従させる能力や関係を指します。漢字一字の違いですが、これは大きな違いです。

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 よく国家権力という言葉を用いますが、国家権威という言葉は耳にしません。

 国家の三要素たる「主権・領土・国民」を維持するには他国からの干渉を防ぎ、かつ内部を統制する必要があります。

 このためには国家という組織体が根本的には暴力装置として統率機能を備えていることが前提として想定されているということを表しています。

 この議論を深堀していけば、日本の自衛隊問題などに繋がると思いますが、恐らく今回の話から大きく脱線する可能性があるので今回は触れないことにします。

 

・権威、権力が及ぼす人への影響

 権威、権力はどちらであれその力の前では人は服従を迫られます。服従するとはどうゆうことかというと自身の考え方を放棄して、権威、権力が掲げる方針に従うこととなります。つまり権威、権力の前では人間は連携し、一つの目標に向かって動き続けます。

 これは一見、統率の取れた動きに見え効率的に感じるかもしれません。しかし、権威、権力に基づいた行動には問題があります。それは個人の意思の喪失です。権威、権力に服従した状態では自身が倫理的に間違っていると感じる行動でも、行ってしまう傾向が人間にはあることがわかっています。その実験の一つにミルグラム実験があります。

 ミルグラム実験は生徒と教師役の二名が存在し、お互いに声だけが聞こえる状態におかれます。教師はクイズを出し、生徒が答えます。生徒が間違えると教師は生徒に電流を流し、間違えるたびにその度合いを挙げていきます。電圧に応じてあらかじめ録音された絶叫が聞こえます。教師が電流を流すことを拒否すると権威的な役の人が「大丈夫だ、問題はない続けてください」と促します。これに対し教師が4度以上拒絶した場合試験は中止されます。結果この実験では実に65%の人が許容されうる最大電力まで電流を流す結果となったそうです。

 

・愛と権威、権力

 愛とは自分自身の経験や思考に基づいた確信から、相手が相手自身の可能性を見出すという希望です。

 つまり、愛とは個人の意思が存在しないと存在しえません。

 

 対して権威、権力とは個人から意思を奪うシステムです。この様な定義づけをすると、権威や権力主義的な環境下においては人は愛を失うことになります。となると問題となってくるのは権威、権力と国家との関係です。先の文章で国家は前提として権力を内包していると定義しました。すると国家に暮らす人は愛を失うことになってしまいます。私はこれは少し極論だと思いました。もう少し国家と権力の関係をマイルドにするバッファーとして働いているものがあるはずです。また、資本主義など社会システムも権威や権力を有する可能性があります。この点についても考察が必要です。

 それが何であるのかすぐには思いつかなかったので、次回以降の記事で調べて、考えていきたいと思います。

 

・関連記事

 愛についてはエーリッヒ・フロムを参考にしています。

 

analyzechaneel.hatenablog.com