青森県活性化ブログ

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教育について

・初めに

 最近教育に関する記述について、最近何個か目につき読みました。

 色んな人が色んな意見を述べています。

 そもそも教育とは何でしょうか。

 正解があるものなのでしょうか。

 個人的に考えていきたい思います。

 

 

 

・私の目に入った記事

 

 何個か前の記事でもたぱぞうさんの記事を参照させてもらいました。

 たぱぞうさんは投資に関するブログを書かれていますが、私は偶に書かれる人生観みたいなものも凄く好きで読ませてもらってます。

www.americakabu.com

 

 落合陽一さんのぶっ飛んでいる考え方も面白く見ています。子供により良い教育、最先端の教育の教育を受けさせたいと考えさせるのはどの時代も共通の議題なのかもしれません。


WEEKLY OCHIAI「幼児教育をアップデートせよ」ダイジェスト

 

・教育と洗脳の違い

 この前私が記事にした「愛するということ」の中で教育と洗脳の違いが述べられていました。以下に引用します。

 

教育=子供がその可能性を実現していくことを助けること

洗脳=可能性の成長に対する信念の欠如と大人が正しいと信じることを子供に吹き込み、正しくないとと思われることを根絶すれば、子供は正しく育つという思い込み

 

 色々とキーワードが出てきました。その中でも私が難しいと思ったのが「可能性」と「正しく育つ」です。

 恐らく「愛するということ」の中で述べられている可能性ですから、これは愛を見出して生きる可能性だと思います。愛とは自己の人格が成熟し、自身の心の中で生み出すものです。では正しく育つとはどうゆう意味か。私は親が正しいと思う育ち方だと考えました。

 

・教育で愛を与えるために

 私たちは昔は子供でした。そして2019年の今大人の日本人ならば大抵の人は小学校や中学校で6歳から15歳までを過ごします。そこには小さな社会が形成されます。そして先生という権威が存在します。その中では自分で考えるよりも、ルールを理解し効率的に生きることの方が評価されます。

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 故に今の日本でみられる教育論はこのシステムに溶け込めなかった人がこれはいけないと考え修正するべきという論調があるように感じています。確かにそれは正論です。現代社会は均一で一定レベルの能力を持つ人材より、特定のことに秀でてかつ自分で考えられる人材を必要としているからです。

 

 その一方で更に飛躍して自分で考え、道を切り開くことを自分一人だけ生きていけるようにすると解釈する論調も少しあるように思います(私の勘違いかもしれませんが)。しかし、本質的に人間は一人では生きていけません。誰かと関わって、相手の可能性を信じてこそ人間であると思います。自分の頭で考え信念を持つことの大切さを学ぶと同時に、今一度誰を信じることができる、親友を見つけ切磋琢磨できる学び舎を目指して欲しいと思っています。

 

・最後に

 自分で書いた文章は正直理想論で、言われなくてもできたらやってるという批判があると思います。ただ、理想を言葉にすることは必要だと思います。思っても言わなければ意味がないし、言っていると不思議とそのことを考え、具体的にどうするべきか思考を巡らすこともあります。

 

 あと私は忘れやすいことがあるので、何か考えたことをこのような文章にしておくことで自分の思考のアップデートにも使えたら良いなと思っています。

 更にあわよくばこの記事を読んだ誰かにより良いこんな意見があると指摘してもらえたらいいなと思って終わりにします。

 また次回もよろしくお願いします。

 

・関連記事

 エーリッヒ・フロムの「愛するということ」について書いた記事です。

 

analyzechaneel.hatenablog.com